味噌六の歩み活動略歴
2015年10月 | 三浦太鼓店が太鼓の発注を受け、 四国中央市土居町の秋祭りと出会う。 |
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2016年 1月 | 三浦太鼓店六代目彌市が、 これまで秋田の職人に頼っていた桶作りから 自社での桶作りをスタートさせる。 |
2016年10月 | 再び四国を訪れ、観光協会本多さんと共に 地元岡崎にもこんな祭りが作りたいと妄想する。 |
2016年11月 | 数年前からカクキュー八丁味噌野村さんに聞いていた 古くなって使用されない桶があることを思い出し、 その桶を再利用して、大きな太鼓が作れないかと思いつく。 同時に、企画書を野村さんへ提出 |
2016年11月 | 早速、使われなくなった桶を見にカクキュー野村さんを訪れ、 これなら作れる!と確信する。 |
2016年12月 | 観光協会本多さんに八丁味噌の仕込み桶を再利用して 大きな太鼓を作ると提案すると、 じゃあそれを担ごう!とアイデアをもらう! 「味噌六太鼓台」の構想がスタートする。 |
2017年1月 | 桶作りに対して、志を同じくする者たちが 小豆島のヤマロク醤油さんにいることを知り 大きな桶を作るための技術を六代目が学びに行く。 |
2017年2月28日 | 地元の山で15mクラスの真竹を見つけ、 味噌六用の竹を切り出しに行く。 いよいよ本格的に味噌六作りが動き出す。 |
2017年3月9日 | 担ぎ棒となる杉の木を地元額田の赤松さんの山より 切り倒す。 |
2017年3月18日 | カクキュー八丁味噌さんにて桶胴作りの初日を迎える。 |
2017年4月15日 | 桶胴作りの作業場所をカクキューさんから 滝山寺へ移転する。 |
2017年4月〜6月 | 桶作り、タガはめ、皮縫い作業、三つ葉葵塗り 担ぎ棒削りと随時作業を進めていく |
2017年6月18日 | いよいよ味噌六1号が滝山寺にて完成する |
2017年6月 | カクキュー八丁味噌の職人さんが昭和初期まで 歌われていた、味噌仕込み唄の存在を知る。 カセットテープと歌詞を発見し「味噌六唄」として 復刻させる。 |
2017年7月30日 | 岡崎城下家康公夏祭り「わんパーク」会場にて 味噌六太鼓台が初披露、初担ぎされる。 初代総長「本多秀行」 |
2017年7月30日〜 | 岡崎城下家康公夏祭り期間中「泰平踊り」を中心に 各祭り会場のシンボルとして味噌六太鼓が使用される。 |
2017年8月4日 | 岡崎城下家康公夏祭り「籠田公園」前にて 五万石みこしのフィナーレ総担ぎとして初披露される。 |
2017年9月9日 | 東海テレビ「祭り人魂」に取り上げられ 誕生したばかりの祭りでは異例のテレビ取材を受ける。 |
2018年2月 | 味噌六2号製作開始。丸太と竹を切り出す。 |
2018年3月6日 | 「味噌人(みそろく)会」発足。味噌六から広がる 豊かな輪を発展し伝承させる。 |
2018年4月 | 味噌六2号桶胴作り開始。滝山寺にて |
2018年7月7日 | 味噌六2号完成。 |
2018年7月 | 「舞鼓隊」発足。 祭りの安全と平和を祈り舞い踊る「祈り唄」♬ |
2018年7月 | 岡崎城下家康公夏祭り「わんパーク」会場にて 味噌六2号が初披露、初担ぎされる。 |
2018年8月3日 | 岡崎城下家康公夏祭り「籠田公園」前にて 味噌六1号、2号の総担ぎ実現。 2代目総長「佐藤哲郎」 |
2018年12月 | 味噌六3号製作に向け動き出す。 竹の切り出し、担ぎ棒の切り倒し。 |
2019年3月6日 | 第2回味噌人会総会の開催。 |
2019年3月 | 味噌六3号の桶胴作りを開始。滝山寺にて |
2019年6月1日 | これまでの活動を祈念して 「元和演舞」という感謝祭を岡崎市民会館 葵ホールにて開催。 |
2019年6月9日 | 味噌六3号の完成。 1号2号はカクキュー八丁味噌さんの底板から製作。 3号は「カクキュー」、「まるや」さん両社から いただいた底板を利用して製作。 |
2019年7月 | 岡崎城下家康公夏祭り「わんパーク」会場にて 味噌六3号が初披露、初担ぎされる。 |
2019年8月2日 | 岡崎城下家康公夏祭り「籠田公園」前にて 味噌六1号、3号の総担ぎ実現。 3代目総長「鈴木和宏」 |